息子が二十歳になったしまった。
今年21になる。
バブルに浮かれていた私の二十歳の頃に比べたら全く地味な息子である。
「いつになったら手がかからなくなるのか。」
という質問を受けて、それは人によるだろうなと思いつつ
「大学生ですかね。」
と答えた。
本当は、大学生になっても単位を全くと言っていいほど取らなくて、大学に呼び出されたので、(呼び出しは慣れているが、大学でも呼び出しがあるのかと驚いた)
大学生という答えも違うのかも。
本当は、大学生になっても単位を全くと言っていいほど取らなくて、大学に呼び出されたので、(呼び出しは慣れているが、大学でも呼び出しがあるのかと驚いた)
大学生という答えも違うのかも。
小さいころがよかった。
と思う。
それはなぜか。
それはなぜか。
それは、支配下に置けたから。
赤ちゃんの彼は歩けない。だから私が抱えて移動させる。
これは私の意志で、私が連れていきたいところに連れていくという行為である。
それを支配下と呼ぶのも変ではあるが、意のままであったのは間違いない。
おむつを替えたり、あやしたり、とかなり面倒ではあったが、ママが絶対という態度は心地よかった。
誰かに頼られるって今までなかったから。
実家の飼い猫でさえ、気まぐれで言うことを聞かなかったし。
ずっと赤ちゃんのままならいいのにとさえ思った。
しかし彼は私の望む息子にはならなかった。
私がやらせた習い事はすべて続かなかった。(ピアノも絵画もテニスも)
自分の腹を痛めた子でさえ意のままにならないのである。
部下が意のままになるはずがあろうか。
よいところを認めてほめて、なんとか仕事を回していく。
子どもを育てなかったら、そんなことわからなかった。
また、いろいろと仕事や家事の合間に勉強して、よいところを見つけるツールとして、ストレングスファインダーというものがあることも知った。
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みんな、親御さんが必死で育てて送り出してくれた息子、娘。
家に帰れば自慢の子どもであろう。
そんなことを思いながら仕事ができるのはワーママだったおかげかも。
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