響子と麻子は、商店街の方へ歩いて行った。まだ9時前だから地下鉄も十分走っているだろう。2人が商店街に入るのを見送ってから、小久保はバーに戻った。
「おかえりなさい。」
とママは、再び小久保におしぼりを渡した。
「で、どうするの小久保さん。和田さんへの単純接触効果は、彼のほうが勝っているのね。小久保さんは毎日職場で和田さんに会ってるんでしょ。何やってんの。」
「た、単純接触効果・・?」
「そうよ。営業なんだからわかるでしょ。」
なんで俺が叱られるんだ。
確かに取引先には、ちょっと近くまで来たと言ってでも何でもいいから顔出せ、と言われている。
恋愛もマメな方が勝ちということか。
「接触回数が多いほうが勝つわよ。」
ママが静かに言う。
「とにかく、もし和田さんが彼を連れて来たら、話を聞いて宿題出すわ。それ全部クリア出来たら、たぶん和田さんは彼を見直すと思うのよね。それでいい?」
ママに、彼と別れなさいと言ってほしくてここに和田さんを連れてきたのに。
小久保は後悔したが、仕方がない。
「明日からはもう少し和田さんに声掛けするよ。」
小久保は、おしぼりで手を拭く動作を止めて言った。
「このままじゃ、ただの親切な先輩ね。」
とママに言い放たれ、泣きそう。
「ママ、ソフトバンクが負けたからって、そこまで言わんでもいいやん。なあ。」
男性の客が、ママと小久保を交互に見て声をかけた。
「松田さんわかる?小久保さんごめん、ちょっとイラっとして。ホント、千賀ががんばって投げていたのに。」
ソフトバンク負けたのか。道理で。
松田さん、という男性は、ここの常連なのだろうか。50歳前後だろうか。クールビズなのか、ノーネクタイだ。
「和田さんの元カレ、たぶんマメじゃなかったのね。だからマメに連絡をくれる彼がうれしいのかもね。」
とママが言うと
「アンカリング効果か。」
と松田さんが言う。
「えっアンカリング?」
小久保は聞きなれない言葉に反応した。
「和田さんの彼氏の基準が元カレってことよね。元カレより優しくてこまめな男性なら惹かれる可能性は高いわね。さすが松田さん。」
「だてに常連じゃないけんね。」
松田さんは笑って言った。
「だから、和田さんはお金に雑な彼の行動にはとりあえず目をつぶっている可能性がある。だけどお金の価値観が合わなければ、2人の関係はいずれ破たんするわね。」
ママは冷静に言った。
「ママは誰の味方なんだよ。」
小久保はため息をついて言った。
「決まってるじゃない。和田さんよ。私は女性の味方なの。」
ママはニコッと笑った。